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dwell on my brother

written by 剛久





ふう、とひとつ溜息をつき、私は教科書を閉じた。
勉強から開放された喜びで勢いがついたのか、パタンと音がした。

目を閉じて、勉強で疲れた肩をマッサージした。
僅かな痛みが心地良かった。

ふと思い出す。
以前、兄さんに肩を揉んでもらったことがあった。
急にされたから驚いたけど、でもすごく気持ち良かったことを憶えている。

兄さん。
一度その単語が浮かぶと、自然に思考はそちらに向かってしまう。

兄さん、今何をしているのかな?
ちゃんと朝起きれてるのかな?
面倒臭がって洗濯物溜め込んでたりしてないかな?
食事は――悔しいけど、私が居なくてもあまり変わらないかもしれない。


長年住み慣れた家を出て、そろそろ一ヶ月になろうとしていた。
看護師になるために、兄さんと同じ学園ではなく、島の外にあるこの学校に入学した。
自宅からは離れ過ぎているので、通学は不可能である。
そのため必然的に寮に入ることになり、普段の生活でも兄さんに会えることが無くなってしまった。

新しい学校、寮での生活にも、流石にもう慣れてきていた。
けれどもやっぱり、兄さんと会えないのは、ちょっと――いや、かなり、すごく寂しい。
もちろん、こんなこと本人の前では口が裂けても言わないけれど。

もうすぐで、ゴールデンウィークだ。
長期休みであり、当然帰省する予定なので、つまりはそのときに兄さんに会えるのだ。

気付くと、顔がにやけてしまっているのがわかった。
慌てて顔を引き締めた。

もう一度、わざと溜息をついて、一緒に思考も吐き出した。
ちょっとでも油断すると、すぐに兄さんのことを考えてしまう。

そんな自分をほんの少しだけ叱咤し、今日はもう寝ようと思った。
時計を見ると、就寝時間を僅かに回っていた。


「こんばんは」

寝る準備の最中、ちょうどシャツを着ているとき、そんな来訪者の声が聞こえてきた。
その姿を確認する。
声の主は、クラスメートのひとり、池田直美だった。
彼女は、私と相部屋である小野恵子とともに、まだ数少ない友人と呼べる人間だ。
仲良くなったのは、三人とも出席番号が近いからというのもあったかもしれない。

「どしたの? もう就寝時間過ぎちゃってるけど」

たまたまドアの傍にいた恵子が応対する。
言葉の内容とは異なり、表情は笑顔だった。

「貸してたノート。返してもらいにね」
「あ。ゴメン、忘れてた」

ぴょんと飛び跳ね後ろを振り返り、恵子は自分の机へと向かった。
私はその姿を見ながら、部屋の中に一歩だけ入った直美に話しかけた。

「でも、別にこんな時間に取りに来なくても、明日にしても良かったんじゃないですか?」
「これからちょっと復習でもしようと思ってね」
「真面目だねー。はいコレ」

ノートを手に、恵子が戻って来た。
直美はぱらぱらと受け取ったノートをめくり、内容を確認してひとつ頷いた。

「まあ、復習っていっても、適当にノート見るだけだけどね」
「頑張ってますね。私たちはもう寝るところですよ」

手を広げて、寝る準備はバッチリということを示してみる。
私の姿を見た直美は、目を瞬かせて、そして何故か不思議そうな表情を浮かべた。

「音夢って、いつもその格好で寝てるの?」
「え?」

私も多分、直美と同じような表情になった。
自分の体を見下ろしてみる。
特に、普段と違うところは無い、と思う。

「だってそれ、男物のワイシャツじゃない?」


猥シャツ

言われた瞬間、ドキリとした。

確かに、今着ているシャツは男物だった。
今まで相部屋の恵子には一度も指摘されたことがなかったので、すっかり失念していた。
良く考えれば、不自然なのは明らかだ。
普通に可愛いパジャマとか、選択肢はいくらでもあるはずなのに、敢えて男物のシャツ。

でも、このシャツはただのシャツではなくて。
兄さんが使っていた。
その点こそがこれを着る唯一にして最大の理由である、私にとっての特別なシャツ。

本人にも口を滑らせてしまったことがあった。
あのときは、思わず『兄さんの匂いが残っている』なんて言ってしまったけど。
勿論ちゃんと洗濯をしているので、そんなことはあるはずがない。
でも、まるきり嘘という訳ではなかった。
このシャツを着ていると、何というか、温もりを感じるというか。
兄さんが傍に居てくれているような気がして、安心できるのだ。

『枕を変えると眠れない』という人がいるけど。
私にとっては、このシャツはそういうものなのだ。
今のところは兄さんのお下がりのシャツ以外を着て寝る予定はない。

ああ、そういえば、ゴールデンウィークを過ぎると、次に自宅に帰れるのは夏休みまでないはずだ。
帰ったら、また別のシャツを持ってきておいたほうが良いかもしれない。


「そういえば変だよね。ねぇ音夢、何で男物なんて着てるの?」

恵子の声に、私はちょっとした思考の暴走から帰ってきた。

「えー……おほほほほ」

笑って誤魔化してみた。

「あー、なんか怪しいニオイがしますぞー。隊長、如何致しましょうかっ」
「誰が隊長よ。でもまあ、怪しいってのは同意だけどね」
「……あぅ」

ふたりにジト目で睨まれ、縮こまってしまった。
すかさずじりじりと詰め寄ってくる恵子。
それに対応して私も後退りした。

「さあさあ音夢ちゃん、吐いてもらいましょうか」
「え、えとほらもう就寝時間過ぎちゃってますし、そろそろお二方もお休みになられたほうが、」
「その慌てっぷり、プラス『男物の』シャツ。もしかして、コレ関係?」

直美がぴんと小指を立てて言った。

「なにー?! 音夢ってば恋人さんいるの? ということは、そのシャツはその恋人さんと何か関係が」
「ち、違いますっ。兄さんのですよっ」

あ。

「にいさん?」

ふたりがお互いに顔を見合わせた。

「にいさんって、兄さん? 兄妹? なーんだ」

恵子は納得したようで、つまらなさそうな声を上げた。
迂闊な発言をしたと思ったが、どうやら嵐は過ぎ去ってくれたようだった。

「でもさ、それちょっとおかしくない? 兄妹だからって、同じシャツ使うかしらね」
「あ、それもそうだね」

一度過ぎ去った嵐が、再び戻ってくるのを感じた。

「さて、どんどんと核心に近付いていってますですよぉ。音夢、いい加減全部吐き出して、楽になってしまいなさいっ」
「そうね。予習しようと思ってたけど、こっちのがずっと面白そうだし。幸い、時間はたっぷりとあるからね」

たっぷりって、もう就寝時間過ぎてるんですけれども。
嫌な予感が体中を駆け巡った。

「あ、あうぅ……」

その夜、二人の執拗な質問攻めにあった私は、兄さんのことを粗方聞き出されてしまうこととなったのであった。

くすん。
助けて兄さーん……。


- Fin -




update:03/04/20
last update:'07/08/21 06:42:42
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