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「おい名雪ー、まだかぁ?」
「うん、もうちょっとー」

秋子さんの部屋で未だ着替え続けている名雪に声をかける。
返ってきた台詞は、同じ内容のものがこれでもう三度目。
俺がここに来てから、もう優に10分は経っていた。

「ああもう、早くしないと置いて行くぞ」
「わっ、待って、待って」

聞こえてきた少し情けない声に、俺はもう少し待たされる事を覚悟した。

しかし……。
着物の気付けって、こんなに時間かかるものなのか?
小さい頃に浴衣なら着た事はあるが、アレとは全然違うのだろう。
どのみち、俺にはあとどれくらいで名雪がやってくるかを知る術は無い。




初詣に行こう、と決めたのは、冬期講習の最終日。
大学受験を控えている俺たちにとって、皆で出掛けるなんてことは暫く出来そうに無いからだ。

本当は大晦日の深夜から行こうと思っていたのだが、名雪の提案により却下された。
もっとも、さすがの名雪も最近は勉強のため遅くまで起きているが、それでも3時や4時は辛いだろう。
結局、元日の午前中に決定した。


そして、元旦。
自分の腕時計を確認する。
割と近所の神社に集合とはいえ、待ち合わせの時間までもう10分も無い。
だというのに、名雪はまだ着替え中である。
というか、もう既に遅刻確定なのだが――。



謹賀新年。

written by 剛久




さらに待つ事数分。

「お、お待たせー」

少し慌て気味に、名雪がようやくやってきた。
赤い生地の振袖に、後ろで編んだ三つ編みがなかなか新鮮だった。

「遅いぞ。 このままじゃ完全に遅刻だ」
「でも、100メートルを7秒で走れば」
「いやその格好じゃ走れないだろ」
「あ、うん、そうだね」
「――っと、のんびりしてる場合じゃない。 急げ名雪」
「あれ、お母さん靴どこ?」
「はいはい、ほら」

名雪の後から来た秋子さんの手をかりて、ようやく出発の準備が整った。

「じゃあ、気を付けてね」
「はい。 それじゃ、行って来ます」
「いってきます〜」

二人揃って家を出る。
時間が時間だけに走りたくもなるのだが、名雪はそうもいかない。

「それ、動きにくくないか?」

隣を小走りに歩く名雪に話しかける。

「うん、動きにくい。 でも、こういう日くらいは着てみたいものなんだよ」
「そういうもんか?」
「そうだよ。 きっと香里も栞ちゃんも振袖だよ」
「そうかな……。 まあ、北川が振袖着てくるよりは可能性あるだろうけど」
「男の人は着ないと思うよ……」

出発の時点で既に時間は過ぎてしまっているが、それでも出来るだけ急ぐ。

今日のこの初詣。
参加者は、俺と名雪、栞と香里、それに北川。
さすがにもう皆集まっていると思う。
雪に覆われ、普段よりも高くなっているであろう道を、二人で急いで行く。







「遅いわよ、二人共」

香里が開口一番、予想通りの台詞を言う。

「いや、名雪が足手まといだったんだ」
「だって、コレ着るの時間かかるんだよ。 香里、栞ちゃん、あけましておめでとう。 それと、北川君も」
「明けましておめでとうございます、名雪さん、祐一さん」
「おめでとう、水瀬、それと、一応相沢もな」
「あけましておめでとう。 今年もよろしくね」
「おう、あけましておめでとう。 ついでに北川もな」

お互いに挨拶をし、その後とりあえずお参りのため神社の敷地内に入る事にした。

「あの、祐一さん。 これ、どうですか?」

栞が俺の方を向き、軽く両手を広げながらそう話しかけてきた。
名雪の予想通り、栞も香里も振袖を着ていた。
名雪も含め、この三人は元が良いので、なかなか様になっている。
北川は普段着だった。

「そうだな、なかなか似合ってると思うぞ。 少なくともこの中では一番だな」
「わ、ホントですか?」
「あら、言ってくれるじゃない、相沢君」
「相沢が栞ちゃんをまともに誉めるとこなんて初めて見たぞ」

二人共、そんな事を言ってくれる。

「いやいや、本当だって。 着物ってのはな、胸が無くて寸胴な方が似合うらしいからな」
「ああ、なるほどね」
「祐一さん、それヒドイですっ! お姉ちゃんも納得しないで!」
「祐一、それは酷いよー、セクハラだよー」
「そう悲観することは無いぞ栞。 着物を着る時には如何に寸胴に見せるかが大事らしいからな、その分得してると思えば」
「思えません!」

さすがに言い過ぎたか、栞はぷいとそっぽを向いてしまう。

「悪い栞、冗談だ。 ちょっとした新年の挨拶みたいなもんだ」
「祐一さん、いっつも一言多いですよ。 それに、冗談でもそういう事言わないで下さい。 その、……一応気にしてるんですから」

語尾がフェードアウトしていった栞の言葉。
それを聞いて、俺はほんの少しの罪悪感と、それ以上の愛しさを覚えた。

「栞、別にそんな事気にする必要は無いぞ。 少なくとも、俺は全然気にしてないから、それなら問題は無いだろ?」
「……祐一さん、それは、その……そういう意味ですか?」

「はい、そこまでにしてね。 今日は初詣に来たんだから、そこの所は忘れないで欲しいわ」

折角良い雰囲気だったのに、そんな香里の言葉に遮られる。
まあ、栞の機嫌も直った事だし、良しとしよう。

「そうだな。 じゃあ、とりあえず御参りでもしておくか」
「そうですね」


そして、皆で御参りをすることにした。
代表して俺が鐘を鳴らすと、目を瞑ってお祈りをする。

新年の御参りか……。
まあ、去年は色々あった。
確かに、辛いこと、悲しい事も多かったと思う。
それでも、それらも全て、今の俺があるための必要なパーツだったとすれば。
やっぱり、それらも全て、かけがえの無い出来事だったと思いたい。
俺がいて、栞がいて。
名雪も、香里も、他の皆もいて。
そんな今が、やっぱり好きだから。
だから、今年の願い事は。
月並みだけど、
今年も良い年でありますように――かな?




「――さて」

御参りも終わり、その場を後にする。

「ね、祐一、何お願いした?」
「名雪こそ、何お願いしたんだ? 今年は早起きできますように、か?」
「そんなこと、新年のお願いにはしないよ。 やっぱり、大学合格、かな」
「ああ、そういえばそんな事もあったな」
「そんな事って……。 相沢君、随分と余裕あるのね」
「悪かったな。 そういう香里こそ、何お願いしたんだ?」
「こういうのって、他の人に喋ったら駄目なんじゃないの? だから、秘密」
「そうなの、お姉ちゃん?」
「わ、わたし言っちゃたよ」
「大丈夫、名雪なら神頼みしなくても受かるわよ。 寝坊さえしなければ」
「ああ、それは言えてる」
「香里も北川君も酷いよ、わたしちゃんと起きれるよ〜」
「栞は何お願いしたんだ?」
「私も秘密ですっ。 叶わなかったら、困りますから」




俺がこの街に来てからもうすぐ一年。
これから先、どうなるかはわからないけど、でも、楽しくなれば良いな、と思う。
そんな、新しい年の最初の日である今日。
謹賀新年――つつしんで新年を祝いたい。


- Fin -



update:03/04/20
last update:'07/08/21 06:42:44
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