ネユキ
written by 剛久
「寒い。名雪、暖めてくれ」
「えっ」
「そこで言葉に詰まるな」
言った本人が恥ずかしくなって、祐一は僅かに歩調を速めた。名雪が待ってと追いかける。名雪の天然さを失念していた祐一の自爆である。
学校からの帰り道。
3年生へと進級してから早7ヶ月。10月に終わりを告げ、この地域にはそろそろ冬が忍び寄る。
「あ」
「どうした」
「雪」
名雪が空を仰ぐ。祐一もそれに倣う。どんよりとしたグレーの雲から、確かにちらほらと白い点が降りてくる。
「道理で寒い筈だ」
気温の低さを視覚でも認識し、祐一はさらに寒くなったように感じる。コートに包む身をさらに寄せ、可能な限り熱を逃すまいとする。
「祐一、傘持ってる?」
「まさか」
「だよね」
名雪が手にしている鞄を漁る。中から折りたたみの傘を取り出し、笑顔と一緒に祐一に向ける。
「用意良いな」
「うん」
開かれた傘を祐一は無言で受け取る。身長差を考え自分が持ったほうが良いだろうとの配慮であったのだが、名雪はその心遣いが嬉しかった。祐一の腕に抱き付く。
「やっぱ、今年も積もるんだろうな」
勢いを増す降雪を見て、照れ隠しも兼ねぶっきらぼうに祐一は呟く。
「積もると思うけど、でもまだ根雪にはならないかもね」
「何? 名雪?」
「根雪。根っこの雪って書くの」
名雪は空中に指で文字を書いて見せる。しかし勿論、そこまでされなくてもその程度の漢字なら祐一にだって理解出来る。ただ意味が、何となくしかわからない。
「根雪ってなんだ?」
「うんとね。雪が降っても、またあったかくなったら溶けちゃうでしょ? でも、春になるまで溶けなくなったら、根雪」
祐一は大体の意味を理解した。ネユキ、ねえ。そしてその音から思い付く。
「だったらお前も、『寝雪』だな」
「なにそれ」
「ベットで寝る、に雪」
「えー、なんだか酷いよー」
名雪は僅かに頬を膨らませる。祐一は可笑しくなってくすりと笑う。
でも、と祐一は唐突に思う。
名雪がネユキなら、
「春、来ないほうが良いな」
「え?」
「根雪、溶けて――いなくなっちまうから」
名雪は驚いて祐一の顔を覗き込む。柄にもないことを口走り、後悔と照れで赤く染まっていた。
「だいじょうぶだよ」
微笑む。
「わたしは、ずっと祐一のそばにいるよ」
わたしは寝雪じゃないからね、とささやかに反論して。
- Fin -