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星の煌き

written by 剛久




キシ…。

うつらうつらと微睡みの中を漂っていると、廊下の方から音が聞こえてきた。
床の軋む音。
恐らくは、足音だろう。
誰かがこの部屋のそばを歩いているのだ。
ぼんやりとした頭で、心当たりを探す。
見当はすぐについた。
今、この家には、俺と栞しかいない。




ここは、水瀬家。
秋子さんと名雪は、連休を利用して旅行に出かけている。
俺も誘われたのだが、親子水入らずの時間も大切だと思い、丁重に断った。
そして、1人でいるのも退屈なので、ダメ元で栞を誘ってみたところ、すんなりと外泊許可が出たのだ。

栞曰く、

「祐一さんだからですよ」

との事である。
ちなみに、秋子さんは予想していたらしく、

「お友達を誘ってもいいんですよ」

と、出掛け際に言っていた。




足音は、ゆっくりと、しかし確実に進む。
1歩1歩、確かめるように歩く。
数歩進み、足音が止まる。
残るのは、静寂。
てっきりトイレだとばかり思っていたが、足音はこの部屋のすぐ側で止まった。

…コン、コン。
躊躇いがちなノック。

「…祐一さん」

一呼吸置いて、声が聞こえる。
耳を澄まさなければ聞き逃してしまうような、小さな声。

再び、静寂が訪れる。


「…失礼します」

今度は、やや強めに。

カチャリ、とドアが開かれる。

「祐一さん、起きていますか?」

ドアの隙間から、問い掛ける声。

俺は、狸寝入りを続けることにした。
返事をしなければ帰ってしまうかとも思ったが、それよりも、こんな夜中に栞が何をしようとしているのかの方が気になったからだ。

「…寝てるみたいですね」

そう言って、俺の眠っているベットの方に近づいてきた。

「…そういえば、祐一さんの寝顔見るの、初めて」

今までよりも、はっきりと聞こえる。
だいぶ近づいたようだ。

そして、少しの間の後、

「…えっと、では、お邪魔します」

こともあろうに、俺のベットに入り込んできた。
予想外の事態に、俺の鼓動は急速に波打ち始める。

「よいしょ…。 わ、あったかいです」

ひんやりとした空気と共に、柔らかい香りが入ってくる。
この、俺と栞の距離。
俺はやや端に寄っていたとはいえ、ベットの幅は狭すぎる。
当然、2人は密着するかたちになる。

「…何やってんだ、栞」

耐えきれずに、声を出す。

「わ、わっ!? ゆ、祐一さん!? 起きてたんですかっ?」

声を荒立て、困惑しているのがよくわかる。
俺はゆっくりと目を開けた。
カーテンの隙間から入る僅かな月明かりが、唯一の光源。
ぼんやりとした視界の中、その姿を確認する。
良くは見えないが、真っ赤になった顔が容易に想像できる。

「…いつから起きてたんですか?」
「この部屋の前を歩いてノックして入ってくるあたりから」
「…最初から起きてたんですね」

怒っているような、呆れるような。
でも、どこか安心したような。
そんな声。

「気付いてたなら、どうして返事してくれなかったんですか?」
「栞が何を企んでるか、興味あったからな」
「別に、企んでいた訳ではありませんよ」
「じゃあ、どうして?」

体は密着したままだが、だいぶ落ち着いてきた。
それでも、いつもとは違うシチュエーションに、緊張は無くならない。


「ちょっと、眠れなくて…。 それで、星を見ていたんです」

ゆっくりと、話し始める。

「綺麗でしたよ。 それに、今日は満月でした。 でも、ぼーっと眺めていたら、随分時間が経ってしまったみたいで…。
体、冷えちゃいました」
「…あんまり無理はするなよ。 まだ完全に良くなったわけじゃないんだから」

そうですね、と、栞はバツの悪そうな顔をする。
目のほうも、だいぶ闇に慣れてきたようだ。

「それで、早く布団に入ろうと思ったんですけど…。 布団、開けっぱなしだったらしくて、中、冷えちゃってました」
「…だから俺の所に来たのか」

今でこそ温まってはいるが、ここに来たとき栞の体はかなり冷えていたのを思い出す。

「でも、もうだいぶ温まってるな。 ――そんなに興奮したか?」

この布団にあった熱だけで温まったのなら、さすがに早過ぎる。
さっきの慌て振りを思い出し、そうからかってみた。

「そういう事言う人、嫌いですっ。 ――でも」

栞は少し赤くなって。
そして、俺の胸に手を当てて。

「祐一さんだって、こんなにドキドキしてますよ」

そう言って、にっこりと笑う。
その笑顔が、今までで一番可愛く見えて。
俺は、照れくさくなって、上を向いた。
…俺の負けだった。





「…半分は、そうですけど」

栞が、ぽつりと呟く。

「…ん?」
「私が祐一さんの所に来た理由です。 半分は、本当に寒かったからですけど、もう半分は違います」

目を瞑ったまま、声だけを聞く。

「星を見ていたとき、ふと思ったんです。 ――祐一さん、知っていますか?
普段、私たちが見ている星は、ずっと前のものなんです。
ずっと前の星の光が、長い時間をかけて、やっと私たちの目に届いているんです」

無言で聞き続ける。

「不思議ですよね。 今、この瞬間の星の姿は、私たちには絶対に見る事が出来ないんですから…」

そう言った栞の声に、俺は言い知れぬ不安をおぼえた。
慌てて栞の方に向きなおす。

「…そう考えると、私たちの人生って、なんて短いんだろう、って思ったんです」
「栞…」

短い人生。
あの日――栞の誕生日に終わったはずの、2人の時間。
けれども、今こうして、お互いを感じる事が出来る。
…不安が無いわけじゃない。
いつかは別れのときが来てしまう。
早いか、遅いかの違いがあっても。
でも、栞は。

「短い時間ですから、少しでも長く、祐一さんと一緒に居たいと思ったんです。
…それが、もう半分の理由です」


俺は、思わず栞を抱きしめていた。

「ゆ、祐一さん?」
「栞、明日、どこかに出掛けよう。 行きたい所はあるか?」
「え…?」

一瞬驚いていたようだが、すぐに、

「…えっと…。 私、アイスクリームが…食べたいです」
「そうだな。 アイス、食いに行こうな」
「それから…。 服も欲しい、です」
「わかった。 でも、あんまり高いのは駄目だぞ」
「…買ってくれるんですか?」
「俺の小遣いで買える物ならな」
「…うれしい…です…」

いつかは別れなければいけないときが来る。
俺たちは、それを一度体験しているから、その悲しみは身に染みている。
だからこそ、限りある時間を大切にしていきたい。
たとえそれが、一瞬の星の煌きだったとしても。



「祐一さん。 ずっと一緒にいてくれますか…?」

腕の中で聞こえる、大好きな人の声。
だから俺は、抱きしめる腕に力を込める。
この幸せが、少しでも長く留まるように…。

「あたりまえだ」

耳元でささやく。

「…はい…!」



- Fin -



update:03/04/20
last update:'07/08/21 06:42:45
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