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朝が、目覚し時計の音と共に始まる。


無意識に音の発信源に手を伸ばす。
ふらふらと手を動かしていると、やがて目的の物に触れた。
そしてそのままベットの中に引きずり込み、スイッチがありそうな場所を触ってゆく。

音が止まった。

同時に少女の動きも止まる。


無理も無い。
昨晩も夜更かしした体は、まだ睡眠を求めている。


再び音が鳴り始めた。
完全にスイッチを切らない限り一定時間毎に鳴り出す目覚まし時計は、特に珍しくもないだろう。

しかし、彼女の手はさっきスイッチを押したままの位置で止まっている。
ほとんど条件反射のように音を止めてしまう。
まだ起きる気配は無い。


再び音が鳴り始めた。
が、やはりすぐに止められてしまう。


再び音が鳴り始め、しかしすぐに止められてしまう。
そんなことを何度か繰り返しているうちに、少女は覚醒へと近付いているようで、もそもそと寝返りをうつ。

…今日、何曜日だっけ。

ぼんやりと考え、そして今日が日曜であることを思い出すと、また眠りの底へ落ちようとして、

…そういえば、今日は佐祐理の家に行くんだった。

おそらく彼女にとって一番大切な用事を思い出す。
時間を確認するために、なぜか手の中にある目覚まし時計を見ようとする。
はっきりとしない視界の中、なんとか文字盤を見て、まだ全然余裕があることを知ると、
もう少し寝ようかという思考が頭の中に広がってきた。
彼女のお腹が催促しなければ、再び寝入ってしまっていただろう。

ゆっくりと体を起こし、カーテンを開ける。
太陽の光が雪に反射しているせいか、外はやけに明るいような気がした。

川澄舞の日曜日が始まった。



川澄舞の日曜日

written by 剛久




「舞。 おはよう」

食卓に向かうと、まず母親の挨拶があった。

「…おはよう」

無愛想な挨拶だったが、舞の性格に朝という条件を加えると、これでもまだマシなのかもしれない。
舞の母親もそれは充分に承知しているようで、すぐに朝食の準備を始める。


まだおぼつかない足取りでとことこと席に向かう。
朝食も出来れば自分で用意したいのだが、平日はそんな時間などまったく無いし、
休日は決まって母のほうが先に起きてしまうので、やっぱり無理だった。


ほどなくして、舞の前に朝食が並べられる。
ご飯に味噌汁、その他。
朝は和食。
これは譲れなかった。



「じゃあ舞、行ってくるから。 後片付けよろしくね」

二人暮しとはいえ、やはり女手ひとつでは大変なようだ。
舞の朝食を準備し終えると、すぐに出掛けていった。
もしかしたら私のご飯を用意するために待っててくれたのかな、と申し訳無く思い、
今度からもう少し早く起きる努力をしようと舞は思った。
もっとも、朝に弱いというよりも睡眠時間のほうが問題なので、あまり意味が無いかもしれない。
寝る時間が遅くなるのは、仕方の無いことだから。


ゆっくりと時間をかけて朝食を取る。
佐祐理との約束は昼からだから、時間は充分にある。
そして、午前中は暇だった。



朝食を終え、食器を洗い始める。
洗いながら、今日の予定をイメージしてみる。
食器洗いは体が覚えているので、失敗することは無い。

佐祐理の家。
大きい。
また迷うかもしれない。
ヘンな物とかいっぱいあった。
本がいっぱいある部屋は気持ち良かった。
また寝てしまうかもしれない。
今もちょっと眠い。
お昼まで寝ようかな。

イメージは、この程度だった。



食器洗いも終わり、何もすることがなくなった。
寝直そうかとも思ったが、昼に起きれない――佐祐理との約束に間に合わないのは嫌なので止めておく。
おとなしくテレビを見ることにする。

テレビでは丁度『いいとも増刊号』が始まる所だった。
普段はあまりテレビを見ない舞でも、この番組は知っていた。
いつものサングラスのおじさんが、今日は出ていなかった。





…お昼ご飯、どうしよう。

テレビを見ているうちに、昼になっていた。
朝食を食べた時間を考えるとまだ昼食には早いような気もするが、
かといって食べないわけにもいかないし、食べるとしたら今しかない。
今から食べて準備して出発すれば、佐祐理との待ち合わせに丁度か、少し早いくらいだった。
いつも少し遅れてしまうので、早く行こうと思った。


朝はご飯だったから、昼は麺類にしよう。

なぜか休日の昼は麺類が多かった。
この日も例外では無かった。
慣れた手つきで、麺を茹でる。
どうやら蕎麦のようだった。




昼食を簡単に済ませ、出掛ける支度を始める。
といっても、持っていくものは特に無いし、舞の場合服装も普段着に近いものなので、大して時間はかからない。
すぐに準備は終わった。

約束の時間に間に合うように、余裕をもって家を出ることにする。
よほどのことが無い限り、充分に間に合う時間だった。






慣れた道を歩いて行く。
佐祐理の家は公共の交通手段を使う必要の無い程度の距離にあったし、
舞は自転車を持っていなかった。
必然的に徒歩になる。
慣れた道を、迷うことなく歩いて行く。






ふと、それが舞の目に入った。

「…ネコさん」

その通り、猫だった。
引き寄せられるように、舞はその猫に近付いて行く。

「…ネコさん」

さっきと同じ台詞を言う。
どうやらもう猫しか目に入っていない様子。

「ネコさん」
「うなぁ〜」

少し元気が無いように見えた。
しかし、舞が手を差し出すと、猫はその中に収まってきた。
少し驚いたが、舞はその猫を抱え上げる。

「…かわいい」

恍惚の表情。
やけに目が細く、そんなにかわいくは見えない猫だったが、舞はそうは思っていないようだ。

「…お前は、誰かに飼われているの?」
「うなぁ〜…」
「…そう」

なぜか会話が成立しているように見える。
もちろん、猫が何を言っているかは理解していなかったが、この猫の人間への懐き方を見れば、
誰かに飼われている、あるいは飼われていたことはわかる。

ふと、この猫を飼い主の元へ返してやろう、と思った。
この猫の飼い主が、今も必死でこの猫を探している…そんな気がした。

ただの直感、いや、思い込みだ。
しかし、舞の頭にはもう、この猫の飼い主を探すことしか頭に無かった。
佐祐理の家に行くことすら、忘れていた。


こんなことが、よく、というほどでもないが、舞にはあった。
舞にとって、これは長所か、短所か。
少なくとも、舞本人には、わかっていない。








猫を抱え、ひたすら歩き続ける。
飼い主を探す、といっても、具体的な方法は考えていなかった。
だから、ひたすら歩き続ける。








どれだけ歩いただろうか。
舞は、自分が行ける範囲内を、ひたすら歩き続けた。
もう何度も同じ所を歩いていた。



商店街から少し離れた通りを歩いているときだった。
突然、抱いていた猫が舞の腕を離れ、前へと駆けて行った。
前方には、1人の少女がいた。

猫を追いかけ、その少女の側へ向かう。
少女の方もそれに気付いたが、最初はわからなかったようだった。
しかし、すぐに表情が変化した。
少女が猫を抱え上げた。

「…あなたの猫?」

舞は少女に問い掛けてみた。
彼女は舞に訝しげな目を向け、それから少し慌てた様子で、

「え? え…と、う、うん、そうよ」
「…そう」

とりあえず舞は安心した。
少し慌てているようだったが、少女の態度から嘘は感じなかった。
この子が飼い主だと思った。

「あ…。 あなたが、その…見つけてくれたの?」

舞の様子を見ていた少女が、躊躇いがちに聞いてきた。
舞はそれには答えず、

「もう、迷子にしちゃダメ」

ただそれだけを言った。

「あう…うん。 えと、あの、あ、ありがとう

下を向きながら少女が言った。
礼を言う事に慣れていないのか、最後のほうは聞き取りにくかった。



それから、舞はその少女を見送った。
そして、やっと思い出す。
佐祐理の家の方角へ歩き出した。










「あ…、舞!」

佐祐理の声が聞こえた。
舞も佐祐理に気付いた。
佐祐理がこちらへ向かってくる。

「良かった。 舞、心配したんだよ」
「…迎えに来てくれたの?」
「うん。 あんまり遅いから、また迷っちゃったのかなって」
「…ごめん、佐祐理」

もう何度かこんな事があったので、舞は素直に謝った。
すると佐祐理は笑顔で、

「ううん、いいよ。 それに、ありがとう、だよ、こういうときは」
「…うん。 ありがとう」
「でも、どうしよっか。 もうすぐ暗くなるよ」

佐祐理の言う通り、既に日は傾きかけていた。
まだ時間はそれほど遅くないが、季節は冬なので、日が落ちるのは早い。

「そういえば、この近くに公園あったよね。 そこ行ってみよっか?」

舞がどうしようか考えているうちに、佐祐理がそう提案した。
断る理由など無かったので、舞はそれに従った。



2人が公園に着いたときには、辺りはもう薄暗かった。
舞は、先に入った佐祐理についていった。
座れそうな場所は噴水の縁しか無かったので、仕方なくそこに座る。
お尻が冷たかった。

「ね、舞。 寒くない?」
「…大丈夫。 佐祐理は」
「佐祐理も大丈夫だよ」

年中動き続ける噴水の傍では、それが起こす冷たい風が吹いていた。

「舞、今日何食べた?」
「…お蕎麦」
「あ、そうなんだー。 美味しく出来た?」
「…うん。 慣れてるから」

ほぼ毎日合っている2人に会話はあまり無かったが、それでも良かった。

ふと、舞が空を見上げる。

「…1番星、見っけ」
「え? どこ?」
「あそこ」

舞が指を差す。
しかし、得てして他人にはわからないものだ。
佐祐理も空を見上げるが、舞の指の先には薄暗い空しか無かった。

「うーん…。 ゴメン舞、見つからな――あ。 あれ? あれかな、舞」

一度佐祐理の方を見てから、舞は空を見上げた。
やっぱり他人にはわからないものだった。
目を離した隙に、1番星も消えていた。

「…無くなった」

残念そうにそう呟いて、
その後に、再び見つけた。
今度は2つだった。

「…やっぱりあった。 ふたつ」
「え、ほんと? ――ほんとだ」

佐祐理も見つけたようだった。
瞬きをした瞬間に消えてしまいそうな、2つの小さな光。
2人でその2つの光を見つめる。

「…どっちが1番星?」

見失わないように、今度は見上げたまま話す。
佐祐理も同じように見上げたまま答える。

「そうだね…。 きっと、どっちもだと思うよ」
「どっちも?」
「そう。 どっちも」
「どっちも…」


2人は辺りが暗くなるまで空を見上げていた。
光は既に数えられないほどになっていた。

「もう暗くなってきたし、そろそろ帰ろっか」
「…そうする」
「じゃあ、途中まで一緒に。 ね」
「…うん」


2人並んで、夜道を歩く。
まだそう遅い時間では無いが、辺りは静かだった。
やがて、お互いの分かれ道へ辿りつく。

「じゃあね、舞。 また明日」
「…ばいばい、佐祐理」
「うん、ばいばい」

佐祐理と別れ、舞は1人帰路に着いた。








玄関の鍵を開け、中に入る。
中は暗かった。
まだ母親が帰ってくる時間では無いので、舞は先に夕食の準備を始めることにした。
基本的には、舞が夕食を作る事になっている。

夕食は、カレーだった。
母が帰ってくるまで少し待つ。
やがて帰ってきた母と一緒に食べた。
味はそれなりだった。


食後に、部屋で明日の予習をすることにした。
宿題も出ていたが、学校で佐祐理に教えてもらっていたのですぐに終わった。
佐祐理のおかげで、舞は学習面では割と優等生だった。



予習が済み、舞は壁に掛けてある時計を見上げる。
時計の針は、もうすぐ8時を指そうとしていた。
それを確認すると、舞は出掛ける準備を始めた。
夜はもうすぐそこにあった。

「…出掛けてくるから」

母にそれだけを告げ、舞は玄関に向かった。





そして、いつものように夜の闇に出掛ける。

川澄舞の日曜日は、まだもう少し続くようだった。



- Fin -



update:03/04/20
last update:'07/08/21 06:42:45
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