七夕
written by 剛久
「ほら、祐一さん、あっちのあれが彦星で、そっちのあれが織姫ですよ」
栞が天に向かって指し示す。この地方は割と田舎なので、祐一が以前住んでいた街よりもずっと多くの星が見える。
祐一はその星の中から、なんとか二つの恒星を見つけ出した。
「おー、結構はっきり見えるもんなんだな。で、どれがどれなんだ?」
織姫と彦星の判別を試みたが、流石に空中に指を指されただけではわからなかった。
尤も、星座については中学の頃に授業で習ったような気もしたが、残念なことにまったく憶えていなかった。
「えっと、あの白いほうがアルタイル――彦星で、青っぽいのがべガ、織姫です」
「なるほど」
アルタイルと聞いてまずボンバーキングが頭に浮かび、そんな自分にちょっと嫌悪を抱く。マイナー過ぎる。連鎖的に頭の中に某テーマが流れ出し、カラオケモードに意味はあったのだろうかなどと考え、同時ににいい加減にしろと自戒する。
気を取り直し空をよく見てみると、確かにそれらしいのがあるような気がした。
はっきりとわかったわけではないが、多分こういうのはフィーリングだろうと自分を納得させる。
「今日、晴れて良かったですね」
「そうだな。見れないよりは見えるほうが良い」
栞がくすりと笑う。祐一は、今の自分の発言は少し素っ気無さ過ぎたかなと思った。
「そうじゃなくてですね。織姫と彦星の伝説があるじゃないですか。七夕の日だけ二人が出会える、っていうお話ですけど、そのとき雨が降ってしまうと天の川の水位が増えてしまって、出会えなくなっちゃうらしいんです」
「なんか、妙に現実的だなぁ」
「そのほうがリアリティがあって良いじゃないですか」
「いや、そういう伝説とかって、リアリティとか必要無いだろ」
「そうかもしれませんけどね。あでも、雨が降っても結局は会えるらしいですよ」
「そうなのか? でもま、年に一度だしな。それくらいオッケーだろ」
「はい」
栞が再び天を仰ぐ。祐一もそれにならうことにした。
年に一度しか会えない二人。会えるだけまだマシと考えることも出来るかもしれないが、それでも愛し合う二人には辛過ぎると思った。
例えば、自分が栞と一年間会えなくなったらどうだろうか。考えたくも無かった。一年後には会えるとしても、やはり耐えられないだろう。
「そういえば祐一さん、何かお願い事しましたか?」
唐突に訊かれ、祐一は思考を中断する。栞の言う通り、今日――七夕は、一般的に願い事をする日だったなと思い出す。
「そうだな……例えば、今年こそは栞が成長しますように、とか」
「なんですかそれっ。そういうこと言う人、嫌いですっ」
「いやまあ、具体例として」
「別に例なんて出さなくても良いですっ」
そっぽを向き、膨れてしまう。未だにこのネタで拗ねてくれる栞に苦笑しつつ、そろそろ別のネタも考えようかとかそんなことも思う。
「でもさ。なんで今日願い事なんだ? さっきの伝説、全然関係無い気がするけど」
「えっと、年に一度だけ願いが叶う織姫にならって、とかそういうことじゃなかったですか? でも、確かに少し変な気もしますけどね」
「じゃあ、願いを叶えるのは、その織姫の願いを叶える奴と同じってことか?」
「そうなるのかもしれませんけど、でも伝説ですからね。
それで祐一さん、願い事、なんですか?」
返答を催促するかのように祐一を見つめる。恐らく純粋な好奇心からの質問だろう。
祐一も栞も目をじっと見つめ、
「愛してるぞ、栞」
「えっ」
無防備なところに見事なカウンター。ワンテンポ遅れて、栞の顔が変色していく。サーモグラフィーとかで調べても多分真っ赤だろう。
「わっ、な、何を急に言い出すんですかっ」
「栞は、どうだ?」
「は、はい?」
「栞は俺のこと、好きか?」
目をそらさずに言い続ける。冷静さを保っているように見えるが、内心祐一もかなり恥ずかしかった。
「あ……えと……はい」
「そうじゃなくて、ちゃんと言葉で言ってくれないか」
不意打ちから僅かだが時間が経ち、栞もほんの少しだけ落ち着いてきたようだが、まだ多少顔が赤い。それでも祐一の目を見つめながら口を開く。
「わ……私も、……好きです。祐一さんのこと、愛してます」
口にしたせいか、栞の顔が再び赤くなる。元々肌が白いので、その変化は顕著だ。
「もうっ! 何言わせるんですかっ」
「いや、まあ」
今までの恥ずかしさを誤魔化すかのように祐一は笑う。それを見て栞は少し怒ったような表情を見せた。
「願い事、訊いてきただろ? それでさ、ちょっと思ったんだけど」
一度言葉を切り、祐一は空を見上げる。さっきまでと変わらず、沢山の星が輝いていた。
「織姫と彦星ってさ、ただ会う為だけなのに願い事とかしなきゃいけんだろ。なのに、その願い事に俺たちが勝手に割り込むのもどうかなと思ってな。俺たちはこうして会えるわけだしさ、年に一度のチャンスだ、織姫と彦星の邪魔をするのは野暮ってもんだろ。
それに、俺たちは願わなくても良いみたいだしな」
一気に言って、今日の自分はちょっと迂闊かななどと思った。
「それであんなこと言わせたんですか?」
祐一が見上げた視線を戻すと、栞と目が合った。
「良いじゃないか。減るもんでもないし」
「確かに減りませんけど、でもやっぱり恥ずかしいですよ」
「お互い様だ。っつっても、俺が言い出したんだけど。まあ、たまには良いだろ」
「そう、ですね」
再び栞が空を見上げる。少しだけ間を置いてから喋り出した。
「――そうかもしれませんね」
「ん?」
「今の祐一さんのお話です。少なくとも今の私たちには、願い事はいらないのかもしれませんね」
「ああ。なんだったら、俺たちの仲を見せ付けてやっても良いくらいだな」
栞の肩をそっと抱く。栞も祐一のほうへ寄りかかった。
「ふふ、そうですね。あでも、織姫と彦星の二人の行く末を願ってみる、っていうのはどうでしょう」
「それも良いかもな」
お互いに微笑む。
夏至も過ぎた七夕の、短い夜は更けてゆく。
- Fin -